Short-Lived Musings

つかの間の物思い

2022年の邦楽私的3選

個人的に気に入った2022年の曲を3個選んだ。自分はメロディーのキャッチーさと歌唱を重視して音楽を聴いている気がするが、さらに特筆すべき出会いや発見があったものを選んだ。

 

 

「たぶんMaybe明治」 レキシ

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  • レキシという人はずっと日本史を題に取った曲作りをしている。日本史を題材にすると、エグスプロージョン的な子供向けの偉人音ネタになったり、あるいは国粋主義的なアレが入ってきて変な支持を受けたり(変な叩かれ方をしたり)するものだが、彼は決してそういう領域に近づくことなくやっている。
  • 歌詞の面では、具体的な偉人だけでなく社会制度・社会構造自体をテーマにする曲も多いから、ほんのちょっと社会科学的になっている。音楽の面では言わずもがな、洋楽等ののニュアンスを多数盛り込んでいる。そういうちょっとハイコンテクストな視点のおかげで、冗談音楽として、敷居が程よく高くなっている
  • それにしても「たぶんMaybe明治」。サビでは「maybe」と「明治」と「baby」と「be amazing」でずっと韻を踏んでいる。この感覚、なんかに似てるなと思ったんだけど、あれだ。去年以降人工知能で絵を描くのが流行っている。もしゴッホ通天閣を描いたらとか。面白いよね。それの音楽バージョンだ。もしEarth, Wind & Fireが「近代国家日本の成立」を歌ったら、です。この無茶ぶりに完璧に答えるアーティストがレキシです。そしてその完璧な答えが「たぶんMaybe明治」です。

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  • 「髪を切るのをためらいながら 電話のベルを待つ」って天才か? どう考えてもラブソングの一節じゃないですか。でもここに「1871年、散髪脱刀令 1877年、電話輸入」という日本史年表を張り付けると一気に文明開化の音がする
  • 桑田佳祐が好きなんだが(突然の告白)、彼の隣にいるアーティストってミスチル桜井でも松任谷由実でもなく、レキシだと思っている。二人とも音楽をすごく客観的に見つめて、その研究成果でもって思いっきり遊んでいる。ただ桑田の場合「洋楽でもって歌謡曲をいじる」だったから王道っぽく思われて、レキシの場合「洋楽でもって日本史をいじる」になるのでネタっぽくなる。でも本質は変わらない。かっこいい洋楽を猫じゃらしにして、猫と戯れている。猫が歌謡曲か日本史かの違い。
  • この曲を聴いて、マジで近代日本の歩みと惚れる恋愛の苦しみって似ている気がしてきた。自分の個性を捨てて憧れの人に合わせようとすることの悲しさ。でもそうするしかないという焦り。当時東大医学部で教鞭をとっていたお雇い外国人ベルツが書いた『ベルツの日記』にもそういう記述があった。そして下手にその戦略がうまくいくがゆえに待ち受ける苦労
  • atagi(Awesome City Club)が客演。Awesome City Clubの「On Your Mark」も2022年の好きソングです。

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「破顔」 Official髭男dism

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  • あえて「ミックスナッツ」でも「Subtitle」でもなく、というてらい。それらももちろん良かったです。髭男は去年5曲出していると思うが(「Editorial」のインストバージョン除く)、全部良かった。驚異の打率。なんなら除いた「Editorial」のインストバージョンも良かった。「Editorial」が良かったので当たり前だね
  • 「ミックスナッツEP」の最後に収録された1曲。昔のCDでいえばB面。相変わらずどうやって思いついたのかわからないイントロ。でも徐々に焦点が合っていく面白さがある。
  • この曲、エンパワーメントソングの究極として日本中の人に知ってほしいと思っている。世の中に応援ソングは腐るほどある。髭男は「今のお前はダメだ。もっと頑張れ」みたいなことは言わない。かといって「実は今のお前こそ正しいんだ。安心しろ」みたいな独りよがりなことも言わない。「みんな違って、みんな頑張っている。俺たちはただ日々を生きるだけで、互いに支え合っている。だからみんなこのまま頑張ればいい」と歌う。しかも具体的な情景描写を伴うので、無責任に励ましている感じがしない。「世界をこういう風に眺めると、たしかに元気出るな」って思える。もうメンタルクリニックとかのレベル。あるいは「聴く労働組合。この曲を聴いていると「連帯」という2文字が浮かぶ。あえて歌詞は引用しない。お仕事やお勉強の帰りに歌詞を見ながらこの曲を聴いてほしい。本当に泣けます。私はフリーター時代、夜勤アルバイト帰りに電車をホームで待ちながらこの曲を聴いたとき、最後の20秒くらいで、空から天使がおりてきて自分を包んでくれたような気がしました。気がしたというか、実際に降臨していたと思います。
  • たぶんだけど、銀行員として働いていた時代のことを思い出しながら歌詞を書いたんじゃなかろうか。この辺の、地に足の着いた感覚は大卒ゆえだろうか。別に学歴があるからいい歌詞が書けると言いたいわけではない。今時大学進学して卒業して新卒で就職するなんて普通過ぎるわけで、むしろそういう普通の感覚に根差しているからこそいいと思える。実社会に生きる人にとって逃れられない俗事にちゃんと煩わされた経験のある人間の書いた歌詞。
  • 髭男は本当に社会との接点を大事にしている。去年出したアルバムのタイトルが「Editorial」(新聞の社説、論説)なのもすごい。「Anarchy」「ミックスナッツ」「Subtitle」からもそれぞれ同時代的な問題意識を感じる。それでいて押しつけがましくないのがまたすごい。社会性を詩性でくるむセンスよ。

 

「ミラーチューン」 ずっと真夜中でいいのに。

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  • わからないけどわかる歌詞。言葉の組み合わせが面白い。「確信に疑えてる」とか。こういうの考察するサイト多いけど、考察は野暮な気がする。耳で受け止めようや
  • だいたいタイトルの「ミラーチューン」って何? 「キラーチューン」ならそういう言葉あるけど……。でもずとまよの歌詞ってそういう感じの連続なんだよな。つまり「聞き間違いか? 歌詞カードの打ちミスか?」というような。たとえばこの曲だと「帰ってすぐ眠たいし」。「すぐ」という副詞が修飾する以上「眠たい」という形容詞ではなく「眠りたい」の間違えでは? でもそうじゃないんだ。ここに当てはまる言葉は「帰ってすぐ眠たいし」以外ないんだ。
  • なぜそういう事態が発生するかというと、(わざわざ言うほどのことでもないが)音を大事にしているからだろう。何もそこまでしなくてもっていうくらいの言葉遊びが繰り広げられている。韻とはまた違う。「重々謙遜したい」と「準々決勝したい」とか。正直韻ほど洗練されているようには感じない。でもたまたま似た音の言葉を組み合わせた結果思わぬイメージの広がりが生まれる。「重々謙遜、たしかにしたいかも」という気持ちになる。
  • 言葉の組み合わせ方と同じくらい効果音も謎。金属がぶつかり合う音とか、気の抜ける「イエ~イ」みたいな歓声が入る。でもそれらSEも「ここしかない」っていうタイミングで入る。間奏も無茶苦茶。知らない界隈の音MAD聴いているみたいな気持ちになった。*1そのくせ一貫して要所要所で鳴るトランペット的なやつで引き締まる。最後とかブラスセクションが前面に出てきて終わるし。何なんだ。

 

以上こんな感じです。今年も良質で面白い音楽に出会いたいですね。

*1:そう考えると似たようなことを60年前にしたBeatles「Yellow Submarine」の先進性はすごい。