Short-Lived Musings

つかの間の物思い

人間とAIの比喩

 以下の記事を読んだ。

 

scrapbox.io

 

 手法としてもなかなか面白いが、比喩をやらせるということ自体が面白い。自分も以前からChatGPTの比喩能力には注目していた。というか、既存の検索システムとの一番の違いは、具体性から離れたところでの概念操作力だと思う。

 私はよくChatGPTに比喩をやらせて遊んでいる。たとえば民事法と刑事法の違いをジャズとロックの演奏の違いになぞらえて説明するよう求めたら、以下のような出力が得られた。実際は英語で質問し、英語で回答されているが、日本語に訳してある。(質問文は”Explain the difference between civil and criminal law by comparing it to the difference between playing jazz and playing rock music.”である。)

 

民法と刑法は、それぞれ以下のようにジャズやロック音楽と比較することができる。

・協調:ジャズ・ミュージシャンは、互いに協力して、まとまりのあるサウンドを作り出す。同様に、民事訴訟では、当事者が協力し、紛争を解決するための妥協や和解に達することが求められる。

・規則:ロック音楽は、より構造化されたルールベースのアプローチをとり、ミュージシャンは曲の確立されたメロディーとリズムにこだわる。同様に、刑事訴訟には、公正な裁判を確保し、被告人の権利を保護するために従わなければならない、より厳格な規則と手続きが用意されている。

・罪:刑法では、犯罪者の違法行為を処罰することに焦点が当てられている。同様に、ロック音楽は反抗や社会不適合と結びつく。

全体として、民法とジャズ音楽はより協力を必要とするが、刑法とロック音楽は反抗や社会不適合に向き合い、より厳格な規則をもつ傾向がある。

 

 法律について尋ねたのは私がただ法学部出身だからで、音楽を用いたのは単に私が音楽好きだからである。いつもやる前は無茶ぶりのつもりでやるので、それなりに筋の通った結果が得られるとびっくりする。

 

 比喩能力なら人間も負けていない。比喩と言えば、詩の領域である。私は詩は読まないが、音楽を聴くのは好きで、歌詞はよく読む。近年個人的に「発散と抽象化をしてから具体化する」(上記ブログの言葉を借りた)の領域ですごいと感じているのはOfficial髭男dismとレキシだ。髭男はタイアップ先のアニメやドラマを抽象化するにあたり、一要素を選ぶ。そしてそれを歌詞において具体化する。「FIRE GROUND」では相撲、「Universe」ではのび太の0点の答案用紙、「Subtitle」では聴覚障害に対する配慮としての映像字幕。レキシは歴史上の事象や概念を抽象化させてから、邦楽あるあるのレベルに引きずりおろす。その飛躍が気持ちいい。レキシのことは過去のブログに書いたので読んでほしい。

zatomi.hatenablog.com

 

 極北は「ミックスナッツ」の歌詞だろう。あの漫画からわざわざミックスナッツを選び、それを執拗に具体化する。

 試しにAIにも指示を出したが、大したものは得られなかった。(Write a lyric that praises a family that married under false pretenses for espionage, comparing it to a mixed nut.)

ああ、この家族はミックスナッツのようなものだ

いろいろなピースが集まってきて、計画通りに

命をかけて

より大きな利益のために、秘密を守るだろう

比喩と呼べるものは以上の一カ所のみだった。文体のぎこちなさもだし、比喩としても弱い。質問文を工夫すれば出力も変わるかもしれないが。でも機械がこれを出力しているとするとすごい。(あと非引用箇所の多数で英語で韻を踏んでいたところもすごい。)

 

 野暮だけど、人間代表藤原聡の歌詞確認しておく?

 

袋に詰められたナッツのような世間では

誰もがそれぞれ出会った誰かと寄り添い合ってる

そこに紛れ込んだ僕らはピーナッツみたいに

木の実のフリしながら 微笑み浮かべる

 

噛み砕いても無くならない 本音が歯に挟まったまま

 

この真実だけでもう 胃がもたれてゆく

 

化けの皮剥がれた一粒のピーナッツみたいに

世間から一瞬で弾かれてしまう

 

共に煎られ 揺られ 踏まれても 割れない殻みたいになるから

 

生まれた場所が木の上か地面の中か それだけの違い

 

所詮ひとかけの日常だから 腹の中にでも 流して寝よう

 

とっておきも出来合いも 残さずに全部食らいながら

 

この一掴みの奇跡を 噛み締めてゆく

 

 いい歌詞だ。いい意味でしつこい。逆にこれが本当に食料品としてのミックスナッツのCMソングだったらウケるな。

 比喩能力もさることながら、登場人物の一人がミックスナッツが好きであることに注目し、その一点にこだわりぬいた歌詞を書こうと思った、その発想自体がかなりすごい。もっというと、この歌詞がスパイの偽装結婚に限らず、結婚形態の多様性に目配せした同時代性の高い歌詞である点も、人間として見逃せない*1。AIには(今のところ)できない芸当だ。

 

 だからやっぱり人間がAIに勝てるところがあるとすれば、答えを見つけてまとめる力ではなく、お題を設定する思考力の方だろう。パンセも「人間は考える葦である」と言っている。思えば、この名言も立派な比喩だ。AIにも、人間を葦に例えてたたえるならどうするか聞いてみようかな。

 

フランスの哲学者ブレーズ・パスカルの言葉を借りれば、 「人間は本質的に最も弱い葦に過ぎないが、考える葦である」 。この比較は、人類を定義する独特の特徴の証である。(以下略)

 いや、だから、そうじゃないんだって!

 

 

*1:「ここに僕が居てあなたが居る この真実だけでもう胃がもたれてゆく」というユーモラスな歌詞は、結婚する男女だけでなく、人生を共に生きることを決意したすべての人間に向けられている。この歌には、人生に対するさまざまなイメージや理想が入り交じっている。